東京のすし屋の娘でもある、江戸前寿司伝道師Satomiです。

皆さんの思う寿司通ってどんな人ですか?

・食べる順番、食べ方、注文する魚で決まる

・すし屋のカウンターで好きなものを食べ、職人さんとも楽しく会話をでき、良い時間を過ごせる人

・うんちくに囚われず、意のままに食す人

それとも、お寿司屋さんの認めた人でしょうか?

皆さんの思う寿司通はどんな人ですか。

よく「通だと思う食べ物ってなんですか?」と聞かれますが、「この人通だなー!」などと思うよりも、「この人すし屋に行かない人かな?」と思うことがあります。

ちなみに、すし屋の常連客は、「おれ、通だろう!」というようなことも、カウンターで食べることをステイタスにすることもしません。通ぶろうする人ほど、違うことをするように感じます。

そこで、私が思う寿司通を紹介しようと思います。

すし通になるための第一歩「おもてなし」

「『おもてなし』ってお店側の人がすることでしょ!」と思っている人も多いのではないでしょうか?

「お客様は神様だ!」と思う人は「おもてなしは店側がして当たり前!」と思っているかもしれません。しかし、違います。

「おもてなし」をしていただいたら、それに答えることで成り立つものが日本ならではの「おもてなし」だと思います。

日本ならではの「おもてなし」の背景を日本語から、海外との比較、そして「すし屋でのおもてなし」をみていきます。

日本語から見る日本人

まず、日本語から見る日本人のお話からしたいと思います。

英語の文法は勉強してきたかと思いますが、日本語の文法を勉強したことはない人が多いのではないでしょうか。文法からも日本人や日本社会、文化を見る事ができます。

説明が難しいのですが、私なりに簡単にまとめてみました。

日本語から見た日本人は、個としての自己意識が強く、だからこそ逆に、対人関係に敏感となると言われています。日本人にとって、対人関係は建前として重視しなければなりませんが、その陰には、本音としての強い自己意識があるという事です。

日本人は、集団主義と状況的依存性から、西洋人は、個人主義からなっていると言われます。

英語で、国名、言語名、人名、地名など固有名詞の先頭の文字や、私の”I”が大文字で示されますよね。

日本人の集団帰属意識の強さを示す例として一番わかりやすいのは、

自己紹介の際、集団の中の日本人の私は、自分がどこの誰かをいい、個人主義の英語話者は、自分が何をできるかアピールする。

英語のWhat do you you? とWhat are you? は、あなたの仕事はなんですか?と訳されるかと思いますが、What are you?は、その人が何者か。What do you do?はその人が会社のために何をできる人か。英語圏の人にwhat are you?と質問をされた事がない気がします。

集団の中の日本人の私は、自分がどこの会社のどんな部署でどんな肩書きをしているか、個人主義の西洋人は、自分が何をできるかアピールしている。こういったところからも特徴が見られると思います。

集団モデルの特徴

①自己意識は集団の中で生まれ、その中の集団構成員は、そういう状態を快く受け入れ、個人的な感情をなくし、忠誠心を持っている。だから、集団内での争いは起こりにくいんです。

また、自己意識でさえ、状況や他者によって決まるという性質を持っています。

簡単にまとめると、周りの人によって、自分が作られているし、周りも受け入れるという事。

②集団の内での「何かを守る上の人」とそれに忠実に従う人という「タテ社会」。

この縦社会の基盤をなすのが、日本人の特性とされる「甘え」の心理であるとも言われています。

③「うち」と「そと」の概念

「うち」と「そと」の概念は、流動的で一定しておらず、状況に応じて変わると言われています。

この2つの対立概念こそが日本語と日本社会を真に理解する鍵となるという研究者もいるそうです。じゃあ、「うち」と「そと」って何?という例を見ていきます。

一人称代名詞がない

大人がこどもに話しかける場合に自分のことを「おじさん・おばさん」と呼んだり、学校教師が「先生」と自分を呼ぶことなど、話し手を無視して会話ができる。=「私」を省略して会話が成立している。

「夏休み、旅行に行った」というと、「どこいったの?」と理解できますが、個人主義の日本語学習者には、レベルにもよりますが、「誰が行った?」と主語を聞かれる傾向にあります。個人主義には、「私」を言わないことは、理解し難いんです。

親族指示語の使い分け

自分の母親をさすには身内や親しいもの同士の会話で「お母さん」

「そと」の人、例えば「会社の人」には「母」と使わないといけない。

会社の中でも親しい人であれば「お母さん」を使う。

人間関係の表現は、「うち」と「そと」に応じてこのように変わります。

うちそとに基づく自己意識の流動性

くれる・あげる

「田中さんがお母さんにお金を貸してくれた。」この場合、お母さんが自分の延長であるとみなされます。

例えば、聞き手がお父さん。

この人が話し手です。田中さんは第三者。その田中さんがお母さんにお金を貸してくれる。

尊敬語と謙譲語の使い分け

会社を例に見ていきます。

自分の会社の社長について、同僚と話す場合 「社長は出席なさいます」(尊敬語)

自分の行動を話す場合「私は出席いたします」(謙譲語)

会社の相手が社外の人である場合、社長について話す時も、田中は出席いたします」(謙譲語)

「そと」のものとの会話では、話し手は「うち」を代表すると考えられ、上司であっても自分の延長とみなす。

日本語における発話の中心は、うちという集団的起点であって、英語でいう”I”という個人の起点ではありません。

他にもいろいろ日本語から見ることはできるのですが今回はここまで。

海外から見た日本

清潔の意識

海外のレストランの話です。

海外では、アジア人と一括りにされる事がよくありませんか。

そして、そのレストランの店主もそうだったようです。

ある日、アジア人がそのレストランへ食事へ行きました。

うるさい上に、食べた後もきたなかったようです。

その後、日本人がそのレストランへ行きました。アジア人のイメージが悪かったレストランの店主は、断りたいなと思ったそうです。

同じアジア人だと思っていた店主は、日本人の品の良さ、きれいに食事をしたお皿、そして、食後にまとめて置いてあるテーブルを見て、感激したそうです。

この清潔の意識も集団の中の一人、周りに迷惑をかけない、周りの人の気持ちを考えた行動から来たものではないでしょうか。

また、「清潔な気遣いと衛生的なおもてなし」も誇れることだと日本人が世界に誇れる33のこと(ルース・ジャーマン・白石)にも書かれています。

感謝の言葉が豊かな日本人

どの国でも両親が子供に「ありがとう」の気持ちを忘れずに相手に表現することを言って聞かせると聞きます。しかし、日本の日常生活の中にある「ありがとう」には、様々な感謝を表す言葉がありますよね。

「すみません」「ありがとう」「恐縮です」「恐れ入ります」「助かりました」「お世話になりました」「ごちそうさまでした」「お疲れ様でした」(他にもあったらコメントください)

お辞儀など、感謝を表すジェスチャーやお土産文化に含まれる「感謝の心を表す行為」もあります。

「ありがとう」を考えると必然的に「私」ではなく「相手」がフォーカスされます。

相手のためにどのように伝え、どのように動き、何を差し上げればいいかを日常的に考えるようになると、自己的ではなくなりますよね。

バスに乗って、降りる時に運転手さんに「ありがとうございます」と声をかけませんか。

目的地まで無事に連れて行ってくれた運転手さんへのお礼の気持ちを当たり前のように、何気なく言葉にもしていますよね。

これも集団主義である日本人の特徴ではないでしょうか。

二面性も受け入れる

日本人が世界に誇れる33のこと(ルース・ジャーマン・白石)の本の中で、こんなことも書かれていました。

ビヨンセも普段と異なるため、別名「しば」とつけているそうです。

アメリカでは、スターの二面性は受け入れるけど、同僚などに違う人柄が出ると否定的な反応をする人が多いそうです。

けれど日本人の場合はそんな反応はしないと言っています。

これは、集団主義である日本人の「自己意識は集団の中で生まれ、その中の集団構成員は、そういう状態を快く受け入れ、個人的な感情をなくし、忠誠心を持っている。」という日本語の部分からも理解できるのではないでしょうか。

これを日本人を保守的で変化への対応力が弱い国民と考える人もいるそうです。

日本人は甘え上手

日本人が世界に誇れる33のこと(ルース・ジャーマン・白石)の本の中で、日本人は甘え上手だとも書かれていました。

アメリカは精神的に不安定でも、無意識に自分で問題解決をすることを考えるそうです。これは、個人主義だからでしょうね。

しかし、日本語から見た日本人でもわかるように、集団の内での「何かを守る上の人」とそれに忠実に従う人という「タテ社会」です。

この縦社会の基盤をなすのが、日本人の特性とされる「甘え」の心理であるとも言われていると言いましたよね。集団主義である日本人は「支え合う人間関係」という事が見て取れるのではないでしょうか。

先のことを考えて行動する日本人

日本人は、本来、自分さえよければいいという考えを嫌いますよね。

例えば、入口の近くの駐車場は、車椅子のマークが書いてあり、お年寄りや体の不自由な人が優先です。

車を止める時も、周囲の迷惑にならないように配慮しますよね。

また、イギリス人の友人がショッピングモールの駐車場で、私が後ろ向きに車を入れたら、「全車が後ろ向きで止まってるね!」とびっくりしていました。

確かに海外にいくと、前向きや後ろ向きなど、向きが日本よりもバラバラに止まっていますよね。

このように、日本人には、先のことを考えて行動する能力があるように感じます。

日本語や海外から見た日本に見る「おもてなし」

おもてなしとチップ制度のサービス

海外へ行くと、ウエイトレスはとても感じが良いですよね。

考え方によっては、チップを少しでも多くもらう為に頑張っているのかもわかりません。

しかし、日本にはチップ制度はないですよね。

それはなぜだと思いますか。

集団主義である日本人は、周りへ配慮し、周りのことを考え、周りの人たちが喜ぶことなどを考え行動します。その為、裏表のない感情でもてなす事が、できるはずなのです。

もてなしには、特殊な能力やもてなす側がそのもてなしを受ける側の喜びを感じ取り、満足を感じられると言う感性が必要になります。

マニュアルではできない「おもてなし」

マニュアル社会になってから、日本のサービス業も変わってきているのではないでしょうか。

個人主義の社会には、マニュアルがなければまとまりません。

でも、日本は集団主義。集団の中の自分。だから、本来、マニュアルなど必要ないのです。

それが、一時期「マニュアルがしっかり作れている会社ほど、素晴らしい」と言っている時期があリましたね。そのせいか、臨機応変に対応できる日本人も減ってしまった気がします。

グローバル化が進み、比較的安易で簡単な親近感の表現や積極系のホスピタリティーの重視に日本も変わってきている気がします。しかし、形式的に海外のマニュアルを取り入れるのではなく、日本的な「もてなしの心」を大切にすることが日本人にとって大事ですよね。

町から消えた「おもてなし」

集団主義の日本人は、サービスの中にも当たり前に「おもてなし」があります。

レストランに行くと出てくる「おしぼり」

コンビニなどで買い物をしたら、持って帰りやすいように袋に入れてくれたり、お店が袋を用意してくれる。

「おもてなし」が大切な日本文化だとわかっていたら、エコを気にするなら、スタバがストローを紙に変えたように、地球に良い袋に変えるという対応をしたはずです。

お金をとって、サービスをする。それは、見返りがないと動けない(チップをもらってサービスをする)というイメージです。

グローバル社会で日本人が大切にするべき事

集団主義の日本人は、周りを考えるあまり合わせすぎます。

その一つが、海外に合わせて対応をする事。

海外のことを調べたり、海外の人に合わせて英語で対応をしないといけないと考えたり、海外の人に合わせることばかりな対応が多い気がします。

そんな私もそうでした。

アメリカへ行く前に、アメリカについて調べる。

大学の先生は「アメフトについて調べていくよりも、日本についてきちんと学んでおいた方がいいですよ」と言っていたけど、具体的に何をすればいいかわからない。

そして、海外で生活したり、国際交流をしていく中で、日本の良さを活かしつつ、世界基準での対応をする事が大切だと感じました。

すし屋での「おもてなし」

集団主義の日本社会で発展した「すし」。

今では世界中で有名になりました。

そんな「すし」は、対人だけではなく、いろいろなところに「おもてなし」の心が現れています。

あって当たり前のもの、言われてみれば「おもてなし」の心からくるものだわ。そんなふうに思うものも多いはずです。

飲食店で出てくる「水」もそのひとつですよね。でもすし屋では、お茶。

水は水道水だとしても、お茶は水道からは出てきません。手間をかけて作ったものを無料で出すんです。

もちろん、職人さんや店員さんからの「おもてなし」もあるでしょう。

「おもてなし」はお店だけがするもの?

集団主義のはずの日本社会では、グローバル化が進み、個人主義になりつつありますよね。そして、「俺は客だ!」と言わんばかりの人も見かけます。

個人主義が悪いわけではありません。個人主義の良い所はもちろん、自分に取り入れることも大切だと思っています。しかし、悪い意味での個人主義が目立つ気がします。

身近なところでは、レビューや批判がわかりやすいかもしれません。

集団主義で、周りとうまくやれるよう対応していた日本人は、いつしか、悪い意味での個人主義になっていきました。

「俺は客だ!」と言わんばかりの人は、まさにそれを象徴しているように思います。

ある居酒屋のレビューでは、「まずくて高いけど、タバコを吸えるから行くだけ。」また、ある高級寿司店のレビューでは、「無愛想で態度が悪い」などと書かれたレビューを見た事があります。

日本語から見ると、集団の中での「何かを守る上の人」とそれに忠実に従う人という「タテ社会」。この縦社会の基盤をなすのが、日本人の特性とされる「甘え」の心理であるとも言われていました。

自分は客だという気持ちを守る客に従わざるおえないお店。何も言えないだろうという客の甘えという図ができているのではないでしょうか。

これは、本来できるはずのないものですよね。

本来、「おもてなし」はお互いがするものです。まずは、自分の態度を見直すことも大切です。

飲食店で「おもてなし」をされたら、お店側にはどのように「おもてなし」ができると思いますか。

自分がお金を払って注文したものだとしても、その裏には作ってくれた人、運んでくれた人がいます。もっと言えば、食材の命、食材を作った人などその料理に携わった人は多くいます。

全てが「おもてなし」。

お客様はそれにどう答えるのか。

それは、食事をする上でのマナーを守る事はもちろん、周りへの配慮は基本です。

また、常連客はレビューを書いて評価することをしない人が多いです。

するとしても、お店に入れないのは困るけど、大好きなお店をもっともっと色々な人に知って欲しいという気持ちを持ち、応援したり、お店が困っていると常連さんが助けてくれます。このような関係を作れて始めて「寿司通」への第一歩の始まりです。

「どうすれば寿司通になるんだろう?」と考える前に、日本人として「おもてなし」に答える事が大切です。その後に、「寿司通」を考えてはどうでしょうか。

答えが出ていれば、その頃には「寿司通」と思われる側になっているかも?

Youtube

まとめ

こんなに素晴らしいと評価されている「おもてなし」。

歌舞伎や茶道などの日本文化とは形が違いますが、大切にしたい日本文化ですね。

グローバル化で、英語を話せるようにしないといけない、外国人が来るから相手に合わせて対応しようなどという考えではなく、それよりも先にもっと日本文化を身につけて、日本人の良さを残しつつ、対応する事がグローバルスタンダードでは大切ですね。そういう人が増えたら、もっともっと世界で活躍する日本人が増えるのではないでしょうか。

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参照:

日本人が世界に誇れる33のこと(ルース・ジャーマン・白石著)

認知と言語認知と言語 日本語の世界・英語の世界 (濱田英人著)

日本語から見た日本人 主体性の言語学 (廣瀬幸生・長谷川葉子著)